ともさんのHP >火曜日の怪談 >親切

オリジナル怪談 第14話:親切

もう20年も前のあの日。僕は激しい揺れでベットから転げ落ちて目を覚ました。

そのころ僕はまだ学生で、岡山から神戸に出てきて、アパートで一人暮らしをしていた。
卒業間近、新社会人になることへの期待や不安でいっぱいだった僕の心の中身は、地震によって洗いざらい流されてしまった。

広告

窓から火の手が見え、逃げようとしたけれども、玄関のドアは歪んで開かなかった。
ガラスを割り、ベランダから瓦礫だらけの地面へ飛び降りた時には、すでに火の手がすぐ近くまで迫っていた。

親切なおじさん

どこをどう歩いて逃げたのか...気がつくと人のいない、静かな通りに立ち尽くしていた。両側の建物は崩壊してしまっている。
目の前にスーツを着た初老の男性が立っていた。
「あーあ、死んでしまった」
男性は倒壊したビルに向かってそうつぶやいた。きっと部屋に奥さんがいたのだろう。出勤で自分だけ外に出た直後、地震に見舞われたに違いない。
彼は僕に気付くと声をかけてきた「きみ、大丈夫かい?」
「あ、はい。大丈夫です」
とっさに答えたものの、全然大丈夫ではなかった。パジャマの上にとっさにはおったブレザー。裸足のまま履いたスニーカー。
手のひらはどこで切ったのか、ざっくりと切れていて、赤黒い血が固まっている。
財布も食べ物も持っていない。
「お困りでしょう」男性はポケットをまさぐると、一万円札を何枚か取り出し、僕に差し出した。
「おじさんはもういらないから、君にあげよう。これで服と食べ物を買うといい」
受け取らない理由はない。今の自分は本当の無一文だ。僕はお札を受け取りながらこう言った。
「ありがとうございます。でもお金は必ずお返しします。ぜひ連絡先を教えてください」
男性は胸ポケットから名刺を取り出し、手渡してくれた。

避難

道はあちこちで通れなくなっていたけど、ともかく実家のある西へ向かって歩いた。
借りたお金は非常に役に立った。崩れかけた服店でとりあえず体に入る服を分けてもらい、ジュースを買い、電車に転がり込んだ。
広島の実家にたどり着いたのは、2日後のこと。
その後はどっと疲れが出たのと、傷の痛みで1週間ほど寝込んでしまった。テレビをつけても、新聞を読んでも震災のことばかり。
布団の中にしか静寂はなかった。

広告

被災地へ

そういっても、のんびりしている訳にもいかない。
落ち着いてみれば、逃げ出したアパートのことが気がかりになってくる。
すべて燃えてしまったかもしれないけど、大切な物や必要なものがたくさんあるのだ。
これから入社する、神戸の会社がどうなったかも気にかかる。
借りたお金も返したい。
神戸に戻ったのは2週間後のこと。普通列車を乗り継ぎ、最後は歩いて戻った。
アパートはきれいさっぱり燃えてしまっていた。拾えるものは何もない。
会社へ行ってみたが、新入社員のことなど構っていられるような状況ではなかった。
最後に借りたお金を返すために、あの男性を訪ねてみることにした。

写真

あの時もらった名刺は血で汚れ、皺くちゃになってしまっていたが、文字は十分に読める。
郊外にある小さな会社。彼はその会社の社長さんだった。
小さな事務所をのぞくと、愛想のいい中年の女性が出てきてくれた。
「まあまあ、こんな大変な時にわざわざ訪ねていただけたのですか。故人もきっと喜びますよ」
驚いてしまった。あのあと、火災にでも巻きこまれてしまったのだろうか?
ともあれ、借りたお金を遺族の方に返していただこうと考え、事情を説明することにした。
女性はキョトンとして話をきき、「あのう、人違いですよ」と言った。
「社長は地震で倒壊したビルに押しつぶされてしまったのです。」即死だったのです。
でもこの名刺は確かに...社長の写真を見せてもらったが、人違いではない。確かにあの時の人だ。
結局、お金は受け取ってもらえなかった。
僕はせめてお礼だけでもと頼み込み、事務所に据えられたありあわせの祭壇に手を合わせ、写真に向かって呟いた。

「ありがとう」

最終更新日: 2018-07-27 09:05:55

ともさんのHP >火曜日の怪談 >親切

広告
新着ページ

AIを利用し、衣服のデザイン画から型紙を制作する方法  
2つのアパレル3D技術でひらくオーダーメイド生産の手法  
【洋裁型紙】前後身頃の肩の傾きは何故前身頃の方が傾いているのか  
電子追尾式天体写真撮影法  
日本ミツバチ巣箱の種類  
ドラフター(製図台)でソーイング  
日本ミツバチが逃亡  
カメさんの箱庭  
天体用デジタルカメラの構造と天体写真  
Javaで静止画像(Jpeg)を動画(Mov)に変換  
USBカメラをJAVAで制御  

他のサイト

3D-CAD
洋裁CAD

いいねなど

 RSS 

Author: Tomoyuki Ito

このサイトの文章・写真の無断転載を禁じます