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姑獲鳥

初産で不安なこともあるうえに、夫は仕事が忙しく、毎晩帰りが遅い。母の勧めもあって、実家に帰省して出産することにした。
母は専業主婦だから一緒にいてくれる。何かあった時を考えるととても心強いのだ。
臨月になったので荷物を整えて、いつでも産院へ行けるように準備を整えた。
あとは陣痛が始まったら母に車で近くの産院に連れて行ってもらえばよい。
帰省しておいてよかった。帰っていなかったら、今頃は毎晩遅く帰る夫を待ちながら、アパートで独り心細くして陣痛の始まりをまっていただろう。
実家にいれば、夫が一人できちんとご飯食べているのか心配出来る余裕くらいあった。

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ところが、肝心な時になって、親戚の不幸が入ってしまった。しかも場所は北海道だ。「まだ大丈夫、すぐに帰ってくるから」と言って両親は出掛けていってしまった。
すぐにといっても飛行機に乗って出かけたのだ。1時間や2時間で帰れるというものではない。安心のはずが、肝心なところで独りぼっちになってしまった。
不安は的中、見送って数時間後に陣痛が始まってしまった。両親は飛行機の中なのだろう、電話がつながらない。夫は仕事中で留守番電話になっている。
子供は待ってくれそうにない。陣痛の間隔はどんどん短くなってくるし、痛みも耐えがたい。
タクシーを呼び、一人で産院へ入った。荷物は親切な運転手さんが運んでくれた。

出産

出産は10時間ほどかかった。夜中になってやっと生まれてくれた。
ヘトヘトに疲れたのだが、医師の言うには「普通のお産」だったそうだ。
独りで不安だったが、なんとか生むことが出来た。

お守り

個室に移動し、ベッドに横たわった。看護士さんが赤ちゃんを隣に寝かせてくれる。
もう一人の看護師さんがなぜかキューピーちゃんの人形を反対側に置いた。
人形が苦手なので、「あの、なんなんでしょう?この人形」とつい尋ねてしまった。
これは赤ちゃんのお守りですよ。当産院ではいつもこうしているのです。そういって看護師は出ていってしまった。
まあ、人形のことなどどうでもよい。生まれたばかりのわが子の顔を覗き込み、小さな手を握ると出産の疲れもあって、すぐにまどろんでしまった。

訪問者

気がつくと、部屋のドアが20㎝ほど空いていて、若い女の人が部屋の中を覗き込んだいる。
私と同じ産着を着た人だ、きっと部屋を間違えたのだろうと思っていると、その人が声をかけてきた。
「あのう、夜分にすみません。」
「部屋わからなくなったのですか?」
「いえ、探しているんです」
「なにかなくされたの?」
「赤ちゃん、探しているのです」
「ええ!」ぎょっとしてしまった。赤ちゃんがいなくなるはずがない。病院はどんな管理をしているのだろうか
女はさらに話し続けた。
「そちらの赤ちゃんは、あなたのお子さんですよね?」
「もちろん、そうですよ」
「じゃあ、あっちの赤ちゃんは?」
女はキューピー人形を指さしながら訪ねてきた。
「こ、これは違います」
女は笑顔を弾けさせた「じゃあ、この子は私の赤ちゃんね!」
そういいながら部屋に入ってきて人形を取り上げ、いとおしそうに抱きしめた。
あ、すみません、お邪魔しました。私、帰ります。そういって女は早足で出ていってしまった。

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なんだったのだろう、あの人。
そう思っていると、再びドアが開いて今度は当直の看護師が入ってきた。
高橋さん、お変わりありませんか?
「大丈夫です」
赤ちゃんも変わりないですね。変な夢見ませんでしたか?
「いえ...ああ、そういえば」
「初産の人は疲れ果てて、よく変な夢をみるのですよ」
そういって看護師は持ってきたキューピー人形を元の位置に戻した。

記念撮影

夫は明け方になってようやく到着した。車を夜通し走らせたそうだ。
脂ぎった前髪が疲労をにじませている。それでも初めて見るわが子に疲れなど吹き飛んでいるようだった。
看護師さんにお願いし、赤ちゃんを真ん中に入れて三人で写真を撮ってもらった。
「ああ、家族が増えたんだ」これでやっと実感することが出来た。
自分はこの子をなんとしても守ってゆかねばならない。大切に育てよう。そう心に誓った。

最終更新日: 2018-07-09 04:54:32

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