肝試し
激しい頭痛で意識を取り戻した。
真っ暗で何も見えない。仰向けで寝ているようだ。起きようとしてみるのだけど、体が動かない。
あれ、ここはどこだったかな?何をしていたのだろう?
狭い閉じた空間にいるらしい。空気が澱んでいる。遠くからかすかに虫の鳴き声が聞こえてくる...蒸し暑い、夏の夜の中にいるようだ。
暗闇を凝視していると、かすかに縞模様が浮かんでくる。これは...ああ、階段だ。
そうか! 思い出した。自分は仲間たちと肝試しに来ていたのだ。
記憶
郊外の廃病院。何年も前に廃棄されて、周りは生い茂った藪になっていて、昼間でも薄暗そうなところ。その地下の霊安室に幽霊が出るのだという。
男女4人、大学のサークル仲間でやってきた。
友人の淳史、そのガールフレンドの由美、自分、そしていつも気になっている女ともだちの明日菜。
淳史が懐中電灯を持ち、先頭を行く。その後に女二人、最後に自分が懐中電灯で後ろを照らしながら進んだ。
こういう場所は前方よりも背後の方が怖い。何かがついてくるのではないかと背中の方ばかりが気になる。きょろきょろといろいろな場所に光を当てながら、進んでいった。
一階をさんざんさまよったすえ、地下の霊安室へと続く階段の扉を見つけた。鉄の扉は錆が浮き、スプレーで落書きされている。
さて、いよいよ...
「友也、こんどはお前、先に入れよ」淳史が振り向いて話しかけてきた。
「嫌だよ、ここ、ほんとに怖え」
さっきまで聞こえていた虫の音がやんでいる。どんよりした空気が、扉の隙間から漏れ出しているように感じた。
何者かが扉の向こうで耳を澄まして待っているかのような気がする。
結局じゃんけんで先頭を決めることになった。そして負けてしまった。
恐る恐る扉に手をかける。大きな軋み音をたてながら、扉が開いた。重い空気が廊下へまき散らされる。
中へ懐中電灯を当てると、錆びた鉄の階段が下へと延びているのが見えた。両側はペンキの禿げかかった白い壁。
カビのにおいが鼻をつく。
「おい、気をつけろよ」背後で淳史がささやく。
ゆっくりと階段に足をかける。錆びた踏み板が叫び声のような軋み音をたてる...
人の声
目の前に浮かんでいるもの、あの階段だ。
そうだ、踏み板が外れたのだ。自分はそのまま下へ落下し、頭を打って倒れているのだ。
みんなはどうしたのだろう?置き去りにして逃げたのか、それとも助けを求めに行ったのだろうか。
今自分は廃墟の霊安室の中でたった一人、闇の中に置かれている。そのことに気付くと、耐えきれないほどの恐怖がのしかかってきた。
「ギャーぁ」自分の発した叫び声に驚いたのか、虫の声が止まった。
いや、声は出なかった。出せなかった。
「助けてくれー!」叫んでも息が出ない。口が動いているのかもわからない。体が透明になってしまったかのようだ。
物音に気付いた。
確かに今、音がした。
また音がした。
耳を澄ますと定期的に音が聞こえる。足音だ!何人かの人が近づいてきている。
淳史たち、戻ってきてくれたのだ、助かった!
かすかに声も聞こえるようになった。
「ねえ、さっきまで虫が鳴いてたけど、やんだよ」
「え?虫鳴いてたかな。最初から鳴いてないだろ」
「お、あれだ!あの扉だよ」
「あの扉、開けると、助けてくれー、って叫び声が聞こえてくるらしいよ」
男女の声だ。しかし淳史たちではない。他の肝試しグループなのだろう。誰であれ助かった。これでここから逃げ出せるのだ。
叫び
足音はゆっくりとと近づいてくる。扉を...扉を開けてくれるだろうか?
階段を下りてくれるだろうか?自分は動けない。声も出せない状態だ。
扉を開けて、階段を下りても、果たして自分を発見してくれるだろうか?ああ、声さえ出れば。
足音は扉の前まで来て、止まった。
「ここか、叫びの扉っていうのは」
「怖いよう、やっぱり帰ろう」
「大丈夫、幽霊が出たって死にやしないさ」
扉が大きな軋み音をあげ、光が入ってきた。
「ああ、来てくれたんだ。助かった」しかし、見つけてくれるだろうか、自分場所は階段の真下で死角になっている。声を出さなきゃ。もう一度、声を出してみよう。
扉は大きな音をたてて開きり、ライトの明かりと黒い足がゆっくりと階段を降りはじめる。足が一段進むたびにぎしぎしと踏み板が軋む。
「おーい、おれはここだ」
「助けて、助けて」
くっそ、どうなっているんだ、やっぱり声が出ない。
力を振り絞り、もう一度声を上げた。
「 助 け て く れ ー 」
あ、出た、やっと声が出た!
と、途端に階段の上はパニックになった。
「うわーでたー」
「おい、逃げろ、はやくはやく!」
乱れた足音が響く
大きな音がして、踏み板が一枚外れた。
男が降ってくる。
落下して自分に当たった。
重複
いや、当たってはいない、重なっている。
あれ、自分って透明なのか?なんで重なってるんだ?ありえないだろ。
あぁ、そうか。 判った。 自分はもう死んでいるのだ。
思い出した。自分はここで死んだのだ。もう何年も前。
...いや、
いや、そんなことはない。死後の世界なんてあるわけないじゃないか。
ああ、そうか、わかったぞ。これは夢だ。動けないのも、叫べないのも、夢の中だからだ。
けっ、くだらない夢だ。つまらない。寝なおそう。
そういって彼は再びまどろんだ。重い闇が再び彼を包み込んでゆく。
虫がまた鳴きはじめた。
最終更新日: 2018-07-11 09:35:00