八幡の藪知らず
下総の八幡村(現在の千葉県市川市八幡)に八幡知らずという藪があることは、誰も知らぬものはあるまい。
一体この藪は余程不思議な藪で、誰でもこの藪へ迷い込んだが最後、再び出ることが出来ないと言い伝えられた不思議な場所である。
あるとき、某という武士がその話を聞いて、そんなバカな話があるかと一人で探検に出かけた。
だんだん奥へ入ってゆくと、一つの細い川に出た。この小川の水はいかにも心地よく澄んでいて、明らかに水底が見えるだけでなく。ちょうど琴でも奏するような美しい音がしている。
そのうちに官女のような者が現れて言うには、あなたはこの川を渡るとよろしくないから、渡らず、早々にお帰り遊ばせと告げ、いずこともなく去っていった。
武士は、なにくそ、と思いながら、竹やぶの中を透かして彼方を見ると、奥の方に美麗なる宮殿があって、厳然と空にそびえている。ここまで来てむざむざ帰ってたまるものかと川を渡っていった。
すると、向こうの方に白く曝された人骨が堆く積んである。
さては悪魔の宮殿で、あの堆く積まれたのはこの藪のなかで悪魔の手に倒れた者の骸骨に違いないと、急に怖気づいてもはや奥を極める勇気も失せてうろうろしたいた。
すると今度は白髪の老人が何処からか現れ、ここへ来るものは一人たりとも生きて帰る者はいないが、お前だけは助けてやる、首筋を掴まれ、藪の外へ放り出された。
この話は有名な伝説である。
現在は大いに開墾され、1町四方(100m四方)の小藪となって、最早誰一人迷うものはいないが、昔この藪が広かったころは、たびたび迷った人がいたそうだ。
悪魔の宮殿というからには、昔は山賊の如きものたちがたくさん住んでいたかもしれない。
白骨がたくさんあったとすれば、それは一種の有毒ガスが噴出してその場所を通った鳥や獣、人などが死んでしまい、溜ったものであろう。
それが開化せぬ時はいろいろなことを言い伝えたものである。
管理人注
現在でもこの藪は存在していて、禁足地として柵で囲われているそうです。明治時代のこの本には、約100m
四方とありますが、現在では18m四方ほどしかないそうです。
最終更新日: 2014-07-23 19:54:25