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タクシーの怪


日比野村という辺鄙なところに出張になった。
昔、雲母という鉱物の採れる鉱山があったところで、今は採掘をしていないが、海外から雲母を仕入れて加工する工場がある。
雲母は金属のようにキラキラと光を反射するので、細かく砕いて塗料に加えて塗ると、「金粉を振りまいた」ような効果のある製品を作ることができる。
自分は塗料会社の社員で、今度開発する塗料にこの雲母を入れることになり、打ち合わせをすることになったのだ。
日比野村は本当に辺鄙なところだった。最寄りの駅には、1時間に1本しか列車が止まらない。電化されていないディーゼル車両1両での運転だ。
その駅から路線バスに乗って45分ほどかかる。路線バスは朝夕の通勤時間帯しかないから、私のような出張者はタクシーを使うことになる。
始発で家を出て、出張先の工場に着いたのは昼過ぎ。昼食は駅前の食堂か、コンビニで済ませようと考えていたが、あてが外れた。駅前には何にもない。仕方なく空腹を抱えたまま1台だけ客待ちしているタクシーに乗り込み、打ち合わせに臨むこととなった。

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温泉宿

話が長引いてしまった。おなかがすいたのはもちろんだが、帰りの列車はあるのだろうか?調べるのを忘れていた。
困った顔をしていると、「宿でしたら、用意しておきます」と先方が準備をしてくれた。
よくよく聞いてみれば、この工場の来客にはいつも宿を用意しているのだという。
工場からさらに奥に入っていった場所にある一軒家の温泉宿だという。
出張で泊まるなら、飲み屋街のあるくらいの大きな町に泊まりたいものだが、山の中の一軒宿なんて、今まで泊まったことがない。いったいどんな宿なのだろう。興味がわいてきた。
打ち合わせが終わったのは17時過ぎ。秋で日が短くなってきているのでだいぶ暗くなってきていた。
工場の人が呼んでれたタクシーに乗り込み、目的の宿に向かうこととなった。

陽気な運転手

タクシー会社は来た時と同じだったが、運転手さんは違っていた。
行きは無愛想な人で、一言も喋らなかったが、帰りは陽気な人で、私の仕事や今日の用件についていろいろ聞いたり、尋ねてもいないのに身の上話を始めるのだった。
あの工場は、この周辺では唯一の工場なんですよ。昔はもっと羽振りが良くて、自分の若い頃はたくさん人を雇っていて、私も入りたかったんですが...断られちゃいましたよ。
白髪交じりの初老の人だから、工場が羽振りよかったのはきっと30年くらい前のことなのだろう。
それ以外に仕事はないもんだから、みんな外へ働きに出てしまいました。私も出ていたのですが、帰ってきて畑をやりながら運転もしているんですよ。
車は工場を出てからすぐに山道に入ってしまい、周りは真っ暗。しばらく走っているのに対向車にも出会わない。
「淋しいところですね。一人で運転していたら、幽霊とか出そうで怖くないですか?」
「いやあ、ここはいつもこんな感じだから」
「人がいないと幽霊もいないんじゃないですか。それより狸や狐の類が出ますよ」
そう言いながら、運転手はライトに照らされて浮かび上がってきた、白い肌の大きな木を指さした。
「ほら、あの木。あの木のたもとに時々若い女の人が立つといいます。」
「乗せると、里に下りてくれって言われるそうです。降りてゆくといつの間にかいなくなってるという」
「それって、普通に幽霊じゃないですか」
「いえ、狐なんです。後でシートを調べると、狐の毛が付いているそうですよ」
「乗せたことありますか?」
「いやあ、ありません。乗せたって言い張る同僚がいるのですが、まぁウソでしょ。」
運転手は楽しそうに笑った。

急変

「うう、」笑っていた運転手が、突然うめき声をあげて前のめりになった。
「え!どうしました?」
心臓発作でも起こしたのたのだろうか。
後の座席から、とっさに手を伸ばして、とにかくハンドルを握ろうと身を乗り出したが、間に合わない。
道路わきの崖が目の前に迫ってきた。

病院

目を覚ますと、白い場所だった。
しばらくして、白いものが天井だと判った。点滴が腕につながっている。ああ、ここは病院か。
そうだ、タクシーに乗っていて、事故を起こしたのだ。
体のあちこちが痛い。いろんなところを打ちつけたようだった。
看護師が意識を取り戻したことに気付いて医師を連れてきてくれた。
「12時間ほど眠っておられましたが、怪我は大したことないですよ。家族と会社の人に連絡したから、もうすぐ来られると思います。」
「それから、警察の方が事情聴取をしたいとおっしゃってますが...話せますか?」
はい、と答えると、医師は出ていってしまった。刑事はすでに外で待っているらしかった。

事情聴取

二人の刑事が最初に聞いてきた事柄は、妙なものだった。
「運転していたのはあなたですか?」
「は?」
思わず聞き返してしまった。
乗っていたのはタクシーなのに、ビジネスマンの着た自分が運転などするわけがない。
「もちろん、運転手さんですよ」
と答えると、急にあの運転手さんのことが気になった。
急に体調を崩した様子からは、きっと心臓発作などの急病だったのだろう。
「あのう、運転手さんは、ご無事ですか?」
そう聞き返すと、二人の刑事は黙って顔を向き合わせた。
「それが、現場に倒れていたのはあなただけなのです。」
人里離れた山の中だ。壊れた車を置いて歩いて行くにも、相当歩かなければ人里には降りれない。ましてや、あの様子では動けないに違いない。
一人の刑事が胸ポケットから写真を取り出して見せた。
「運転していたのは、この人ですか?」
タクシーの制服を着た昨日の運転手さんが写っている。なんだ、わかってるんじゃないか、なぜわざわざ遠回しに聞くのだろう。
「はい、この人ですよ、間違いありません。」
そう答えると、二人の刑事はまた黙って顔を向き合わせてしまった。
「いえ、この人は違うのですよ」
二人が当惑しているのがみてとれる。いったいなんなのだろう、こちらまで困ってしまう。
「実はタクシーが盗まれて、その盗まれたタクシーが事故を起こすという事件が何件か続いていまして。」
「事故を起こすのは毎回同じ場所で、しかも車を盗んだ犯人が逃走してしまっているのです。」
「ここ1年ほどは起きなかったのですが...」
そう言ったきり、もう話すことがなくなったのか、刑事たちは黙り込んでしまった。
「ありがとうございました。もしかしたら、またお話を伺うかもしれませんが、今日は帰ります」
「お大事にされてください」
そう言って刑事たちは帰ってしまった。

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社長

入れ代わりに、今度は大きな菓子折りを持った男が入ってきて、深々と頭を下げた。男はタクシー会社の社長だという。
「このたびは大変なご迷惑をおかけして」
「あのぅ、運転手さんは御社の社員さんなんですよね?」
ええ、それが...そうなのですが、彼は死んでしまったのです。
「ええ、そうなのですか!突然苦しみはじめたのを覚えているので、心配していたのです。」
「残念です」
「いえ、そうではないのです。彼は3年ほど前に亡くなっているのです。あなたが事故に遭われた同じ場所で。」
「心臓発作で運転中に倒れたのです。」
「以来、あなたと同じような事故に遭われる方が出るようになってしまいまして。あなたで三人目なのです。」
「仕事熱心な人だったので、死んだことを気付かずにいるのかもしれません。」

「このことはご内密にお願いします」そう言って社長再び深々と頭を下げ、出ていってしまった。
そんなことがあるのだろうか?信じられない。幽霊が、運転などするのだろうか。
そう思っていると、再びドアがノックされ、今度は妻と上司が入ってきた。
怪我が大したことないことを知ると安心し、なんでこんな事故に遭ったのか聞いてくる。
面倒なことになるから、さっきの話は聞かなかったことにしておこう。

「運転手さんがわき見してね、それで崖に当たってしまったんだ」そういうことにした。

最終更新日: 2017-07-24 09:55:09

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